第5話 浪人生活1ヶ月目。

もう1ヶ月が過ぎ去った。

予備校の入口に置いてある『第114回医師国家試験まであと〇〇日!』の表記は既に300を切っている。

 

ほとんど毎日のように予備校に行って、授業に出て。

講義がない日は自習室で映像授業を受けて。

1コマ受けるたびに、自分が何も知らずに医者になろうとしていたことを思い知らされて、自信を失って。

 

自分がどれほど甘い考えで113回を受けようとしていたのか、ようやくわかった。

 

ただ、人はそんなに簡単に生まれ変われるものでもないから、既に授業や小テストの復習は溜まり始めてるし、ろくに自習もせず遊んだ日も既に複数ある。

 

いつの間にか、どんよりばかりだった気持ちはだいぶ晴れてきてて、時たま夜中にふと来年も受からなかったらどうしよう、とか考えるだけ無駄なことが心に舞い降りてくる以外には、つらい気持ちは思い出さなくなってきた。

予備校やオフ会を通じて何人もの人に出会って、毎日楽しくニート生活を送っている。

 

本来去年のぼくが知っているべきだったことではあるんだけど、毎日新しい知識を手に入れて、今までの人生では関わり得なかった人たちと話して、こんな生活を心地よく感じている。

 

良くも悪くも浪人生活に慣れてきた、というやつなのだろう。

 

もしここで足踏みせずに研修医になれていたら、初任給の振り込みを喜んだり、初めての当直にドキドキしたり、ルート一発で取れて嬉しくなったり今頃してたのかなって悔しくもなる。

でも、今の知識で現場に出ていたらやっぱりすごく怖かっただろうし、この1年はやっぱりぼくには必要なんだろうなとも思える。

今のぼくは間違えて禁忌肢を選んでも解説の禁忌の文字を赤ペンでグルグルするだけだけど、現場で禁忌選んだら、下手すると誰かが死ぬ。

その差はやっぱり大きくて、もう1年守られた生活を送れてほっとしてるところもあるのかも。

 

ぼくは来年こそしっかり受かりたくて、だから勉強は当たり前のようにがんばるしかないのだけれど、それでもやっぱりせっかくもらったロスタイムだから精一杯楽しまなきゃなみたいな思いもあって。

自分の人生がちょっとだけ好きになった。